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【シリーズ:聖書の思考回路】第5回

前回の確認です。
仮言命題を「犬」と主人の言葉から考えていきます。
「お前は番犬の務めをしたらかわいい」
番犬の務めを励んで沢山かわいがられる。
犬にとってこれは幸せなことのはずです。
この幸せな状況に「支配」「不自由」が潜んでいると指摘したのがカントです。

カントの考え方はこうです。
結果「かわいい」を獲得するために条件・原因「番犬の務め」を励む。
「結果」に到達するためには必ず「原因」を経由しなければならないということです。
経由点である「原因」なくしては「結果」に辿りつくことができない。
更に「結果」が犬にとって好ましいものであればあるほど、「原因」である「番犬の務め」に精を出すことでしょう。
そうすると犬にとって「番犬の務め」は「かわいがられる」を獲得するためにはなくてはならないものになります。
「番犬の務め」を取り上げようものなら怒り出すでしょう。
犬は「番犬の務め」を大切にします。
この大切とは、別の言葉で表すなら「執着」「固執」です。
握りしめて手放せない状態です。

犬にとって「番犬のつとめ」は「かわいがられる」という喜びのためにはなくてはならないものです。
「執着」「固執」を更に表現を変えるなら「依存」と言えるでしょう。
犬は「かわいい」のために「務め」に執着している。
「務め」に頼ることによって幸せに到達できる。
「務め」なしには幸せになれない、となれば犬は「原因」に支配された状態になっています。
私たちが幸せになりたいなら経済力が必要だ、と筋立てをするならば、それは仮言命題です。
そしてそこで起こっていることは経済力に依存、固執し、お金に執着、支配されているということです。

仮言命題は「原因」と「結果」の結びつきです。
「結果」に辿り着くためには「原因」を必ず経由しなければなりません。
「原因」さえ獲得できれば「結果」に行ける。
そう思ったら「原因」への執着、固執が始まります。
「原因」を手放せなくなり、依存が始まります。
支配を受けいてざるを得なくなります。

私たちがこの世界の「仕組み」「課題の解決方法」を「仮言命題」で考えるなら、その「結果」がどんなに素晴らしいものであっても「支配」「不自由」との共存を強いられるということです。
カントは「それが人の思考の限界、私たちの実力なのか」と問います。
そこで、定言命題です。
定言命題を思考することによって、人は仮言命題の持っている「支配」「不自由」とは別の世界観を有することができるのではないか。

実はこのカントの問いかけは聖書の問題意識と重なっています。
聖書は大切なことは「定言命題」で語っていると言いました。
「ものの言い方」ですが、この言い方を考えることはとても大切なことと私たちに気が付かせてくれます。

それでは次回は定言命題についてお話をいたします。
犬と主人のやり取りを定言命題にするとこうなります。
「お前はかわいい」
こちらの説明をいたしましょう。