SEIG NEWS

【高校GIC】 高2Liberal Arts アノミーに満ちた世界を、繋ぎなおすために

「スワイプされるアノミー:ある詩人の目から見た現代社会」

聖学院高等学校GICの独自科目「Liberal Arts」では、現代社会を当事者性*をもって捉え、自ら問い、「自分は、世界の中でどう在るのか?」を考える探究を行っています。

*当事者性:「自分は、そのシステムにどのように組み込まれているのか?」という、自身の当事者である性質。「事象を自分に引きつける」のではなく「自身が事象の中に入っていく」視点。

今回、高校2年生が取り組んだPBLのテーマは、「スワイプされるアノミー:ある詩人の目から見た現代社会」です。

授業で扱ったのは、現代社会に広がる「アノミー」という状態です。アノミーとは、既存の価値観や規範が揺らぎ、人が自分の居場所や意味を見失いやすくなる社会的状況を指します。生徒たちは、音楽や映像作品、社会学的な理論を手がかりに、情報消費社会の中で人と人、人と制度、人と環境との関係がどのように切断されているのかを考察しました。

(画像は楽曲をもとにAI生成したイメージです)

授業は、単に社会問題について知識を得ることを目的としていません。むしろ、生徒一人ひとりが「自分はこの社会をどのように見ているのか」「誰の視点から世界を捉えるのか」を問いながら、現代社会を読み解くための“レンズ”を獲得していきます。

今回の授業では、アーティストの楽曲とミュージックビデオ=〈ある一人の詩人(表現者)の目から見た世界〉を入り口に、現代社会の孤独、承認、情報過多、自己責任化された苦しみといった問題に向き合いました。


1.現代社会を覆う「アノミー」とはなにか。俯瞰した視点から、大きなシステムを描き出す

生徒たちはまず、俯瞰的な視点での思考を試みます。はじめに「現代社会を覆うアノミーとは何か」という問いに取り組み、同じアーティストの複数の楽曲や社会学的資料をもとに、自分たちの生きる社会の構造を分析しました。

意識したことは2つ。

ひとつは、経験知=自身の経験によって、自らの中に蓄えられている知の活用。メディアミックスによって文学的表現として表象された現代社会の様相を、受け手としての自身の目から見つめ、作品との対話/受け手である生徒同士の対話を通して読み解き、描き出していきます。

ここに正解はありません。自身もそのシステムのなかに置かれた一人として、自身の目・思考・感性を鋭敏に働かせて、作品世界を解釈していきます。自身・他者・作品自体・作品世界の文脈を突き合わせて思考しながら、ひとつの世界像を紡ぎ出してゆきます。

もうひとつは、共有知=世の中に既にある、人類の共有財産としての知の活用。まずデュルケームやマートンといった社会学者によるアノミー論の概要から学術的な知を得ます。また、作中で描かれる状況への考察の補助線として、ボードリヤールの記号消費論や、シンクタンクが発表した現代日本の情報消費社会論を読み解いていきます。

こちらは知識としては大学学部生レベルのものです。ですが、それらを単に「固定化された権威ある知識」として受動的に学ぶのではなく、現実の社会のシステムを描き出せるツールとして主体的に獲得していきます。生徒たちは自らが取り組んでいる、自らも当事者の一人である問題と対峙するために学ぶことで、「少し背伸びした」知にも果敢に挑戦してゆく姿を見せてくれます。


2.「誰かの人生の転変も、スワイプされて消費される情報でしかない」。一人称視点から、関係性のネットワークを描き出す

こうして、「鳥の目」から大きなシステムを描き出した次の段階では、「虫の目」すなわち当事者の一人称視点からの分析を試みます。

ここでは、先述のアーティストのひとつの楽曲とそのミュージックビデオを題材に、登場人物を取り巻く関係性を分析しました。「誰かの人生の転変も、スワイプされて消費される情報でしかない」。楽曲と映像のテーマをひとことで言えば、こうなります。

ストーリーは、会社員の男性が上司からのパワハラや孤独、私生活の崩壊を抱え、次第に追い込まれ、最後には殺人未遂事件を起こしてしまう。そんな一人の人間が社会からドロップアウトしてしまう事実さえも、ただのニュースとして誰かのスマホに表示され、スワイプされて消費されてしまう。作品が描き出すのはそんな重い物語です。

この第二段階の目的は、当事者の一人称視点に立つことです。さまざまな問題を孕んだ関係性のなかに閉じ込められ、アノミー状態に追い込まれてゆく主人公の視点に立ち、どのような関係性が結ばれ、どこにひずみが生じているのかを、ミクロな視点で分析すること。ねらうのは、単に俯瞰した視点からの、ともすれば外部からの「上から目線」の解決策の提案者に陥るのではなく、そのシステムの内側から、状況を受け止めて結び目を解いていく位置に立つことです。

ここで用いたのが、ANT、すなわちアクターネットワーク理論の考え方です。人間だけでなく、スマートフォン、SNS、制度、空間、情報環境なども含めて、問題を生み出しているネットワークを描き出します。

生徒たちは、主人公を中心に彼を取り巻くさまざまな人間/非人間の関係性を描き出しながら、「どこで関係性が切れているのか」「何がその人を追い込んでいるのか」「救われるためには、どの関係性をつなぎ直せばよいのか」を考えました。そして、破綻した関係性が繋ぎ直された理想のネットワーク図を構想します。さらに、その人物が幸福でありえた5年後の姿を文章で描き、そのルートに至るために、現状のシステムをどのように変えるべきかを提案しました。


3.アノミーに満ちた世界を、繋ぎなおすために

最終フェーズでは、問いはさらに広がります。

「肥大化した情報消費社会において、アノミー的自殺へ向かってゆく人を、環境はどのように救うことができるのか」

ここでいう「環境」とは、単なる場所ではありません。人、人以外のもの、制度などがつくり出す関係性のネットワーク全体を指します。

作品の分析から視野を広げ、生徒たちは、アノミー状態にある具体的な人物と場面を自分たちで設定し、その人が孤立や断絶から抜け出していくためのシステムを構想しました。

さらに、そのシステムの中で人物がどのように変化していくのかを、一人称視点の作品として表現しました。論述だけでなく、物語、詩、映像、イラストなど、自分の選んだ表現メディアを通して、社会分析を「誰かの生」に接続していきます。小説形式から、短歌と絵画を織り込んだ映像、動画作品、論考⋯とさまざまなメディアによる作品が構想され、創作されました。

構想  →

論考  →

作品

この授業の特徴は、理論を学ぶことと、表現することが分離していない点にあります。

社会学的な概念は、暗記するための用語ではありません。生徒たちは、「アノミー」や「情報消費社会」「アクターネットワーク」といった概念を、現代社会を見るための道具として使います。そして、分析した社会の構造を、最終的には一人称の表現へと落とし込んでいきます。

最終フェーズで示される問いや表現は、高校生レベルでは、まっさらな状態から向き合うには無謀な問いです。ですが、これまでのPBLの中で知を探索し、対話と試作によって構築してきた彼らにとっては、こうした問いも、「果敢に挑戦したくなる問い」に変わります。生徒たちは「難しい」と悩みながらも、どこかその難解さに食らいついて行こう、とする気概に満ちた表情をしていました。

GICのLiberal Artsが重視しているのは、世界を客観的に分析する力と、自分の言葉で応答する力です。社会問題を「どこか遠くの出来事」として扱うのではなく、自分たちが生きている環境の中にある問題として捉え直す。その上で、誰かを孤立させるシステムを、どのように繋ぎなおせるのかを構想する。

今回のPBLは、現代社会の傷みを見つめながら、それでも人が生き延びるための関係性を考える授業でした。

高校GICでは、知識を受け取るだけでなく、社会を読み解き、問いを立て、他者とともに新しい見方をつくる学びを大切にしています。Liberal Artsの授業は、その中心にある学びの一つです。
(文・土屋 遥一朗:Liberal Arts担当)