知識がAIのものになる時代に、私たちはどう自分と向き合うか(7月6日全校礼拝にて)
箴言1章7節
1学期の通常授業は今日で終わりです。
明日から試験。
その試験を受ける前の話としては相応しくないのかもしれませんが、皆さんにこれから考えてもらいたいことをお話しします。
学校は「知る」ことを大切にしてきました。
先生や、教科書が「これを知っておきなさい」ということを伝えます。
皆さんは「これだけのことを知っています」と答える。
それが試験です。
これは社会に出てからも同じです。
お医者さんにしろ、弁護士さんにしろ、知っていることを携えて、それをいかに上手に直面している現実でアウトプットするか。
それが仕事だとされてきました。
これまでは。
知識を得て行われる仕事の一つに薬剤師さんという仕事があります。
お医者さんから患者さんに「これこれのお薬を渡してくださいね」と頼まれて、薬を調合するお仕事です。
この薬剤師さんが薬を間違えちゃう確率は、1.7%だとされています。
これはアメリカに限って言えば一年に5000万回、間違えているということになります。
一方、AIが行った場合。
一度のミスもありませんでした。
さあ、皆さんにお聞きします。
あなたは病気になって病院に行きます。
お医者さんから「処方箋」を受け取りました。
これを薬剤師さんにお願いしたいですか。
AIにお願いしたいですか。
この後、今までの「仕事」はどんどんAIに置き換えられますよとはそういうことです。
AIは仕事、知識を利用することだけの話しだろうと思うかもしれませんが、もう少し「知る」について考えてください。
私たちは「自分を知りましょう」と良く言います。
聖学院もそうです。
本当の自分を見つけようと。
私たちは自分のことを知っているのは自分自身だ、と思っていました。
これまでは。
個人情報を守ろうと声高に叫ばれていますが、私たちがスマホを利用した瞬間、個人情報はグーグルに、メタに、アマゾンに流れていますよ。
そして彼らは皆さんに話しかけてきます。
「あなたの彼女は〇〇さんにしなさい。
あなたが〇〇さんより△△さんを好んでいるのは知っています。
だってあなたは美人好きですからね。
ただ△△さんと付き合った場合、5年以上、交際が続く確率は20%です。
それに引き換え〇〇さんと付き合えば10年以上はなんの問題もありません。
おまけにあなたが将来就くであろう仕事に関しても良きパートナーとなってくれます。
この〇〇さんのような女性とここを逃すと出会える確率は75歳までありません」
あなたは友達にもこの提案を報告します。
このAIの言うとおりにして、周囲の人たちは皆、幸せになっている。
あなたがAIに逆らう必要がどこにありますか。
私は私のことを知っている。
この「知識」ですら、もはや私たちよりAiの方が長けている時代がもう始まっています。
私たちは「知る」「知識」を通して世界と向き合ってきました。
自分自身とも向き合ってきました。
ですが、それはもはや私の仕事ではなくなってくるのです。
ならば、私たちは「知る」「知識」以外にどうやって世界と向き合うのか。
知る以外に、どうやって自分と付き合うのか。
「知る」ではない大事なことは何か。
「こうすればいい」という人からの言葉は全部「知る」の領域のものです。
主体性、Only One
私はどうして私なのか。
それを考えていくことが、これからの私たちに求められていることです。

