【1学期終業式メッセージ】Only Oneが直面するもの
使徒言行録26章1-7節
Only Oneは何と直面するのか。
新約聖書に登場するパウロ。
物語の中の主人公にもなりましたし、自らの手による手紙も残されてる「教会」の基礎を作った人物。
このパウロは同胞のユダヤ人から訴えられ裁判にかけられている。
ただ証拠もない、証言もない、パウロを有罪にできるものは何もない。
それでも裁判が続けられる。
パウロは何を訴えられているのか。
パウロも同胞のユダヤ人も皆、ユダヤ教に属する者。
神を信じ、教義を研究し、それに沿った生活を志すもの。
同じ価値観を共有しているにも関わらずパウロは訴えられている。
裁判を司るローマの総督、これを助けるユダヤの王、皆、この裁判をどうしたらいいのか困惑をしている。
この者たちに向かってパウロは説明を始める。
どうして私が訴えられているのか。
パウロの説明は至って単純。
神の望みを置いている。
復活を信じている。
この故に自分は裁かれている。
これは不思議な指摘。
なぜならば訴えているユダヤ人も同じ信仰、思考を持っているはずだから。
中世の教会に95の質問状を投げかけたマルチン・ルター。
この者も同胞の教会から追い出される。
おそらくパウロと同じ原因。
パウロ、ルター、なんら間違ったことは言っていない。
パウロは神に望みをかけると言う。
ルターは十字軍や贖宥状など、なにか媒介になるものを経由しなければ神の元にいけないのか。それは変だ。
直接、神と関係を結べるはず、信仰が一番大事だと言った。
パウロの周囲の者も、ルターの周囲の者も、おそらくみんな分かっていた。
パウロの言っていることは正しい。
ルターの言っていることは正しい。
ならばどうして訴えたのか。
「本気になったもらっては困る」
十字軍、贖宥状、これらを使って民衆も安心している、教会も経済的に潤っている。
皆、バランス良く回っている。
どうしてバランスを崩すようなことを言い出すんだ。
ローマ帝国との共存、うまく帝国と調整をしながら国をまわしている。
民衆の生活も安定しているし、誰も困っていない。
そのような状況の中でどうしてユダヤの神の話など持ち出すんだ。
「本気になってもらっては困る」
パウロ、ルター、彼らはOnly Oneのものでしょう。
自分の信じているもの、自分だからできること、自分がしなければならないもの。
それを実行した。
ただ、それは自分の所属する共同体からは疎まれるものになるかもしれません。
その時、どうするか。
歴史を眺めてください。
パウロを訴えたユダヤ教を中心にしていたユダヤ社会。
AD70年にローマ帝国によって滅ぼされ、ユダヤ教は血縁だけで成り立たせる宗教になりました。
教会もユダヤと一緒に一度は滅ぼされます。
ですが313年、キリスト教はローマ帝国を飲み込みました。
中世の教会から追い出されたルターでしたが、今日、24億人、地球上の人類のおよそ3割を占めるまでの共同体にしたのは、このルターはじめ、中世の教会でOnly Oneを貫いた人々の働きでしょう。
Only Oneは共同体から疎まれます。
Only Oneですから、似ているものがいない、同調者がいるはずがありません。
それがOnly Oneが直面するものです。
それでも、そこから離れられない。
自分が自分でいたくなる何か。
それを見つけてほしいと願うのが聖学院の営みです。

